伝統料理を守る、スローフードの考え方

まずはスローフードが為そうとする事を理解する

日本人がスローフードというものに何を求めているか、人によると思うが本質的な意味合いに近い部分で活動している人はそう多くはない。食材だと勘違いして困らせるような人は論外としても、そもそもスローフード運動を起こすことの目的を知らないと先には進まない。その点についてはここまで話した内容を参照してもらえればいいとして、それらが持つ意味を知ると考えた場合にはまず本質を知らなければならない。ビジネスとして利用するにしても、そもそも暗黙の掟を形成した事自体が間違っている。活用するのを何処がしているかだが、こういう側面が出てしまっているのもどこか宗教的なニュアンスを醸し出している。地域としてはやるせない思いに苛まれているだろう、郷土料理という地方ならではの文化を衰退させないためにイタリアを始めとした世界で活発に行われている運動、それらを導入すればきっと目覚ましい成果が得られると期待されていたのは想像に難くない。しかして現状は一進一退を繰り返しているだけの宝の持ち腐れ状態だ。

ただこうした状況に賽を投げる事案として、これもまた先述で話したマクドナルドを例とした飲食店が引き起こした不祥事が関係してくる。

不祥事が多い

ここ数年の間、飲食店関係でどうにも由々しき不祥事が噴出している。マクドナルドもそうだが、それ以前では効率と素早さだけを意識した結果、飲食店が守らなければならない衛生管理を怠り、さらには提供してはいけない食材を提供して死亡者まで出した焼肉店の話なども一例だ。またそれより後の話では飲食店で働いているアルバイトがSNSを利用して店側に多大な迷惑をもたらすといった事件が起きている。

飲食店でも勤務していたことがあるので筆者はなんとなく業界の末端ながら見てきたが、そういった点を侮っているのがとてもではないが信じられないという一言だ。これでよくもまぁ食の安全などと妄言をのたまえると吐き気さえ覚える。筆者が勤務していた時は特に店長が厳しく指導していた事もあって、衛生管理は特に行っていた。ただそれが全体で波及していたかというと、そうはならなかったの一言に尽きる。一人頑張っても、大半が個人の裁量で衛生面を蔑ろにしていたら循環どころの話ではない。

管理しているからこそ厳しく教えるのも仕事だが、大半が重要な部分を聞き流し、そして個人の独断で行動している節が強いのもアルバイトらしい点なのかもしれないが、ここ数年の出来事には唖然とするばかりだ。SNSで店の設備を利用して悪質な投稿をした結果、ある企業の系列店舗が閉店にまで追い込まれた事例もある。事件を引き起こした張本人の学生は調理師希望だったというのだから笑えない。

こんな事態が引き起こされては、人々が食に対して安心と安全を求めるようになるのもやむ無しだ。また企業もそれに答えるため信頼できる生産元から卸すようにしているが、中には効率重視で安く利益の上がりやすい外国産の商品を利用する。悪いことではないが、その結果がマクドナルドの顛末に直結すると考えたら下手なリスクを背負いたくはないだろう。

食文化を左右するスローフード運動

今の日本において食卓に並んでいる食材も、こだわりを持つようになった人が多く出始めている。筆者の母はマクドナルドも贔屓にしていた某国の製品だけには手を付けないという決まりを設けており、筆者もそれについてはなんとなく共感して意識して買い物をしたりする。こうなったのも日々報道される日本が築き上げてきたファストフード文化から生じた罪だ。自業自得なのかもしれないが、結局そうしたツケが回ってくるのはその時代に生きた人ではなく、現在を生きる若者へとダイレクトに影響を与える。

そういった点を加味すれば、今後日本でもスローフード運動に関して改めて取り組んでいくだけの価値は十分にあるのかも知れない。ここまでスローフードに関して記してきたが、それが正しいものかどうかはここで判断することではない。日本には日本のやり方がある、理念として共感できても実際に導入して自分たちで運用できなければシステムとして成り立たない。またスローフード運動が全国的に普及するには政府の力も必要だろう。イタリア政府のように地方と連携して商業的・文化的に広く多くの人々に認知されるような取り組みがなされなければ、食文化に対する価値の再認識はおろか、運動そのものの本質を理解することも敵わない。一本の軸を確立するだけでいいのだが、それさえも困難なこの国の現状はただただ歯がゆいばかりだ。

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